「龍」タグアーカイブ

子&その他どうぶつ帝国〔22〕

 おなかがすいている龍のイラストです。

 私の得意分野である「おじさんっぽさ」が出てまいりました。きのうあたりからですが。

 ネット上で「龍の作例イラスト」なんかを参照してみますと、「和のイメージ」っていうんでしょうかね。思うに平成から令和にかけての日本人が持つ「神聖ニッポン」みたいな感じではないかって、私は捉えているんですけど、どうでしょう。

 そういうのは私の流儀ではないかなって思いますので、「おうちで鍋焼きうどんを食べていそうな龍のイメージ」でいいのかな、私は。なんて思います。

 ───────────────

 ラジオ第1「文芸選評」。俳句の日。兼題は「亀鳴く」。

 選者は堀本裕樹(ほりもとゆうき)さん。著作が映像化されるなどして、どうやら若い世代の方達に俳句の良い部分を広く浸透させる働き、その一端を担っておられるのだとか。大変に素晴らしいことです。ポピュラリティーの獲得ってそうそうできることではありません。

 和歌山のご出身で、ご両親が熊野の方だそうです。田辺市。田辺市というか熊野といえば静岡県の東部に住む私としては三島市にあるお寺の龍沢寺。山本玄峰(げんぽう)さんの出身地であります。戦中、鈴木貫太郎総理に無条件降伏を進言したとかっていうお坊さんですね。

 その辺は関係無いでしょうけど、戻しましょう俳句に。兼題の「亀鳴く」。おどろきました。

 こんな季語があるんだと知りました。しかし番組を聴いていくと、俳句の世界では他にも「鳴かないような動物の鳴き声」を季語とする例があるのだそうです。

 堀本さんは「諧謔性」というキーワードを用いて、過去の俳人たちがことばを内から引き出すにおいての切り口たる季語としてのありえない鳴き声の効用みたいな解説をされていたのかなと思います。

 実際に聞いた人がいないはずの鳴き声に思いを寄せての俳句ということになります。

 たくさんの作品が番組に寄せられていたようです。

 やっぱりイマジネーションの世界に入った上での聴覚、感覚みたいなところがあるみたいでなんていうんでしょう。幻想的な作品なども番組で読み上げられていました。想像の世界に浸れることができたなという感想です。

 河童が出てくる俳句が私は好きでした。

 考えてみたんですが私なりに。「亀が鳴く」っていうのは池の中から岩の上に上がって日光浴している亀があくびをしているその口を大きく開いている様を見て、「鳴き声が聞こえそうだな」とか思う、そんな風景も関係しているんじゃないかと思います。

 タレントの伊集院光さんが以前に「岩の上に上がりこんでいる亀の写真」を撮りためているというエピソードを思い出しました。亀の生活において日光浴というのは必須なんですね。最近のニュースですと、夜に岩の上に上がることもある。外敵との遭遇を避ける目的であろうか。みたいな文章を目にしたことも記憶に新しいです。

 ───────────────

 FM放送の「世界の快適音楽セレクション」を聞きました。

 エラ・フィッツジェラルドさんの歌声を聞きました。1969年のモントルー・ジャズ・フェスティバルでの演奏を収めたアルバムが最近に発売されたとかで、選曲家の藤川パパQさんが紹介してくださいました。

 さほどフィッツジェラルドさんのファンであるとかの私ではないんですが、素晴らしかったですね。バックの演奏はピアノトリオっていうんですか。ピアノ。ベース。ドラム。まぁとにかくフィッツジェラルドさんの歌声が非常に音楽的であって四人の出す音とも思えない、そんな音楽を聴けました。

 曲としては「ディス・ガールズ・イン・ラヴ・ウィズ・ユー」。これはカバー・ソングでありまして、つまりバート・バカラック、ハル・デヴィッドの作詞作曲。演奏ハーブ・アルパートという名前だけでも超豪華ですけど「ディス・ボーイズ・イン・ラヴ・ウィズ・ユー」が原曲。原曲もフィッツジェラルドさんのカバーも良かった。それしか言えないという感想です。

 他に聞けた曲としてはシカラムータの「好きになってごめんなさい」がとても良かったです。トルコの民謡を素材に主にアジアな音楽の断片を散りばめていくっていう豊かな音楽が聞けたという印象。大変に良かった。また「好きになってごめんなさい」っていうタイトルがチャーミングで良いなと思いました。

 それと「別れても好きな人」のカバーを、なかの綾さんと横山剣さんの歌唱で聞きました。

 それより先にブーガルーの曲も流れました。Pete Rodriguezさんの「I Like It Like That」。横山剣さんの楽曲に「ブーガルー」の名前がつくのがあったような気がします。藤川パパQさん的にはここで繋げたのかなとも思いました。

子&その他どうぶつ帝国〔21〕

 龍が困っているイラストです。

 髪の毛を生やしてみました。

 「龍」とひとくちに申しましても様々な様式がございますね。

 この際ですので色々と試してみようと思っています。

 ───────────────

 ブログの更新が遅くなりました。

 本日は先ほどまで会議に出席していました。

 小学校区の「まちづくり協議会」の関係です。

 今年の夏祭りについて、大まかな枠組みについて話し合いました。

 もしかしたらだいたいの構成は見えてきたのかもしれません。

 今後のこの地域で、できそうなことなども勘案して持続可能な形態を念頭に話し合いました。

 現段階においては「山車(だし)」を出せそうな雰囲気です。それも2周ほどの引き回しはできそう。

 ぜひやる気にあふれた子供達に参加して欲しいという、これは私の個人的な思いですけど、マ何にせよ実現させたいものです。

 ───────────────

 ラジオ日記的には、先週の「世界の快適音楽セレクション」から「これは気になるな」っていうものを録音しました。この週の選曲家は湯浅学さんでした。

 寺内タケシさん作曲の「会津喜多方青年会「組曲「会津喜多方蔵太鼓」から「乱調乱れ太鼓」前半」」は良かったです。

 ちょっと切腹ピストルズみたいでした。歴史的な順序が逆ですけどね。昭和50年台中盤のものだというご紹介だったと思います。

 他にはマーク・リボーさんの曲。これは5拍子なんでしょうか。複雑な感情を掻き立てる曲でした。おもしろかったです。

 あとはLol Creme&Kevin Godley(つまりゴドレイ&クレームだと思いますが)の曲、が良かったです。番組を進行するゴンチチのお二人の弁から推測するにどうやら曲の冒頭に「ギズモトロン」が使われていたのかもしれません。

 変なエフェクターとして有名な存在ですけど、私は初めて聞きました。そうなるとまだ1例目の出会いですので、ギズモトロンについて何も確定的なことを言える段階にはありません。曲的にはこれも大変におもしろい凝った曲構成でしたが「スッ」と終わる歯切れの良い一瞬の旋風のような曲でした。

 ゴドレイ&クレームのおふたりというのは言うまでもなくバンド「10cc」の元メンバーなんですけど、そのバンドにはグレアム・グールドマンって方もいらして、その人はバンド以前には職業的に楽曲提供を行う作家をしていてホリーズの「バス・ストップ」なんかが有名。そのあたりは以前の「快適音楽セレクション」においても湯浅学さんによる言及がありました。

 湯浅さんといえば評論家の中でも相当によく聞いておられる方ですんで私が自分の身に引き寄せて何か言えるような人物では無いんですけど、中村とうよう亡き後って水準の人なんですが。しかし私はその放送を聞いて「湯浅さんのくちからもグレアム・グールドマンといえば「バス・ストップ」なんだな」と思いました。クドいようですが私に湯浅さんの真意は推しはかれません。ンガしかしですよ。「バス・ストップ」ね。これはおそらくギュッと凝縮したポップソングが好きな方なら特別の思いで聞く1曲では無いかと思います。私なんかもう大好き。

 しかしこの先の私の文章がちょっとあやしくなっていくことをお許し願いたい。というのもホリーズの「バス・ストップ」は、私の中においては英パンクバンド「ダムド」の楽曲「1 of 2」であるとか「Fan Club」、「See Her Tonite」なんかと直結してるんですよね。英国のエモいポップソング臭って申しますかね。最近の言い回しをお借りするならばね。

 私の中ではダムドのメンバーってパンク以前の曲をよく聞いて研究しているって感が濃厚なんですけど、私がまだかなり若い頃に「ダムドのスピード感なりは私の中ではビートルズの「She Loves You」と直結している。と当時のお友達に向けて独自の論の展開をいたしましたらこれが非常に反応が悪くてですね。「そんなハズがない」「何をバカなことを言い出すのか」と。私も若い時分でしたからガッカリしたんですが、今でも私は自分の感覚が間違いだとは思えないんですよね。どうなんでしょうか。

 ネットの動画サイト上において日本においての「追い詰められたようなやぶれかぶれなドラム演奏」の第一人者だと私が思っている元ギターウルフで現ラフィンのトオルさんがリンゴ・スターについてはかなり褒めてらっしゃったので、あの人がああいうんなら私の論もさして間違っていないのではないかと考えています。「Run Wolf Run」なんかの演奏を聞くにつけですね。そういえばトオルさんにおかれては確かラット・スキャビーズさんも相当にお好きっていうかドラムを始めた時の目標の一人だったとかの文を読んだ記憶があります。察するにおそらく彼の中でもラットとリンゴって矛盾しないと思うんですよね。

 つい最近の当ブログ内の記述において「私にとってのパンクロック観は「ロッケンロール・ルネッサンス」にかなり傾斜している」そんな自覚を申し上げたのですけど、「パンクロック」と「(とりわけ初期の)ビートルズ」って私の中ではけっこう近い場所に置いてあるワケなのです。

 長々と何かに拘泥しているような書き方になってしまいましたが私もひとりで音楽を聴いている時間がかなり長くなってしまったせいか、別に持論と違う、または持論が受け入れられないその局面に直面したとしてもさほど気にならないというか、他人なんだから感覚が違うのは当然みたいな心境に至っておりまして、自分と似た感覚の方がいればそれはそれで嬉しいですけど、全然違う場合もまたおもしろい。みたいな感じですね。

 長くなっちゃってすみません。今日は以上です。

 ホントはホリーズの「バス・ストップ」から平浩二さんの「バス・ストップ」につなげ、昭和の歌謡曲において多く見られる「耐える女、待つ女」みたいなね。ラッパーの故ECD氏が「俺はああいうの嫌い」だったか、もしかしたら「聞かない」くらいのことはおっしゃっていて、それを知った私は「ECD氏。一貫してるな」って驚いた。私はもうあそこまでいくと、そんな女の人いないっていうような一種のSFみたいな気持ちで接しておりましたが反省するとともに、でも私はこの手の曲ずっとこれからも聞いちゃうなぁ。みたいなお話に接続しようと思っていたんですけど長くなるのでやめました。

子&その他どうぶつ帝国〔20〕

 重い荷物の運搬をしました。今日は気温が高めでした。

 ───────────────

 ラジオ日記です。

 ニナ・シモンさんの歌や、RCサクセションの楽曲を聴いたりしました。

 NHKラジオ第1「ふんわり」より。

 木曜日は俳優の六角精児さんの担当ですが、今週も中座されてお芝居のお仕事のある劇場へと向かったんだとか。

 番組冒頭で「ペーソス」というバンドの「いそうろう」という曲を聞いたところで私は外出したのですが、帰ってきたら六角さんの代わりというか代打みたいな感じで、ふたりぐみバンドの「T字路s(てぃーじろす)」と、澤田彩香アナウンサーのやりとりで番組進行がなされていました。

 つづく番組「ひるのいこい」では、榊ひろみさんの「花の合唱(コーラス)」という曲を聞きました。初めて聞きましたが良い曲でした。

 ───────────────

 少しだけ昨日の当ブログにおける考察の続きを記述しようかと思います。

 「ブラジルにおけるシンセポップや、ニューウェイヴの産出数が少なすぎるのではないか?」という問題ですね。

 一体、今まで私はどれくらいを知りえたのか。ブラジル人民の音楽的活動において。まずはその数を確認してみました。すると10に満たない数しかないじゃないですか。

 ブラジルってとても大きな国ですから、やっぱりおかしいんですよね。

 ためしに他国の事情と比べてみました。ユーゴスラビアというか旧ユーゴ。するとこっちは50曲くらいあるんですよ。

 念のため申し上げますが、その数倍、数十倍の曲数を聞いて「これは捨て置けないぞ」っていう私にとっての重要曲の数です。

 ブラジルと旧ユーゴ。決して一緒にすることはできませんしモロモロ事情はあるにせよ、しかし単純に楽曲数だけでも同等に出てきておかしくないんではないか。そう思います。変な曲を作ってる人は一定の割合でどうしても出てきてしまうと思うんですよね。もうブラジルなんかであれば、あっちにもこっちにもいておかしくないんですよ。

 人口比で言いますと旧ユーゴとブラジルは10倍くらいの差があります。

 ただし旧ユーゴからの産出数の豊かさにはひとつの事情がありまして。ネット上の動画サイトに大変に熱心に旧ユーゴの80年代を中心とする変な楽曲の数々を紹介するアカウントがあるんですね。カセットテープで少量しか出回ってないんじゃないかみたいな曲まで網羅していたりするので。

 その人っていうのはアイコン画像がドイツの奇人ミュージシャンであったコンラッド・シュニッツラーさんがメイクしたお顔写真を借りてきていることからも「こいつは奇妙な音が大変に好きなヤツであろう」というその趣味性向が伝わってまいります。

 以前にも書きましたが私もこのコンラッド・シュニッツラーさんのことはかなり好きでありまして。

 ごく簡単に紹介しますと、「シンセサイザーをいじっていると、できてしまいがちな変なサウンド」「特徴的だけどこんなバカ目立ちする音色は楽曲制作に持ち込めないな」って多くの人ならそう思うような場所を取るサウンド。「ホゲー」とか「ピギャー」「ギョウオウオウン」みたいな音ですね。それらを組み合わせて曲にしちゃうのが上手な人で。元々は彫刻をやっていた人なので、おそらくこの人がやっているのは「音というカタマリの配置、構成」だと思うんですけど。そうした構造を貫く空気感であるとか色彩感、あるいは感情、風景描写とかも含むのかもしれませんけど、要するに単に変な音を並べるだけではなくて、楽曲を聴かせきるに値する「みなぎる何らか」を乗せて伝えるのが巧みな人であったんじゃないかと思います。変な音楽なんですけど吸引力がすごいんですよ。

 期せずしてまた演説しちゃいましたけど、シュニッツラーさんほどの巨人(作品数がメチャクチャ多い)ではなくても在野の若き変なシンセミュージックを作っていた80年代人との出会いが欲しい。その存在と楽曲的な成果を知りたい。そう考えている私です。

 で、きのうの夜の寝入りばなに「そういえばブラジルの歌手であるナラ・レオンさんは軍事独裁政権の樹立を嫌ってパリに亡命していたことがある」という歴史を思い出しました。パリ在住時にボサノバに取り組んだのが私も大好きなアルバム「美しきボサノバのミューズ」っていう作品なんですけど(Nara Leão Des Anos Depois)。

 それで改めてブラジルのそのあたりの歴史を読んでみました。すると確かに60年代末から80年代の中頃まで軍事政権というのは続いていたようです。その後、文民政権に転じたみたいです。ココまではわかりました。

 しかし私の知るブラジルの80年代のシンセポップであるとかの楽曲を見てみますと、別に80年代初めの方でも割と良い出来の楽曲はあるなっていうのが判明しまして。

 それとか以前にラジオ番組「世界の快適音楽セレクション」で知ったRita Leeさんの楽曲「Nem Luxo Nem Lixo」なんかはシンセとかニューウェイヴとか関係ない音楽性ですが、大変に素晴らしい。あるいはこちらも「快適音楽」で知りましたがガル・コスタさん。この人なんてその才能の奔出というのはモロに軍政権下にかぶるんじゃないかっていうマあんまり詳しくないので突っ込んだ結論みたいのは私には言えませんが。

 政情が与える影響がポピュラー音楽にどれくらいあったのか。ブラジルにおいて。というのは私にはまだ理解できていません。けっこうしたたかにみんなやってたんだなっていう感想もあります。

 あまり国情の分析に傾くよりは、音楽的な実例を積み重ねたいなと思いますので、またしばらくはひたすら聞いてみようかな。と思います。たぶんそういうのが私の流儀でしょう。おそらくいったんモロモロの事情は忘れて虚心坦懐に聞いていく接していくのが良いかなって思います。音に予断を持ちたくないみたいな。そんな気持ちです。

子&その他どうぶつ帝国〔19〕

 空を飛んでいる龍のイラストです。

 これくらい気が抜けている感じの方が良いかもしれませんね。

 がんばり過ぎてなくて。

 ───────────────

 ラジオで日本のアイドルグループである「ピンクレディ」に所属する増田惠子さんのお話を聞きました。

 NHKラジオ第1「ふんわり」にて。

 いわずとしれた昭和のスーパーアイドルのおふたりのうちのおひとりです。

 アイドル活動の最中におけるおふたりの意向としては「もっと歌唱力を活かしたソウルフルな歌を歌いたいという強い思いがあった」そうです。初めて知りました。振り付けよりは「歌がメイン」という風に考えていたのかなと伺えるようなお話の内容でした。

 そうした思いが結実したのが「マンデー・モナリザ・クラブ」という曲だったのだそうです。確かに大人っぽい曲でした。

 私がアイドルの事情にうとくて、「ピンクレディーのミーちゃんとケイちゃんの見分けがつかない」「キャンディーズのミキ、ラン、スー各位の見分けもつかない」という事情は以前にもお伝えした通りです。「横浜銀蝿のラン(嵐)」だったらわかるんですけどね。特徴的なので。

 それはともかく改めて増田惠子さんのことを知ろうとネット上の文章を読んでみました。

 静岡県のご出身だということは知っていたんですが、葵区であるのだとか。県庁があるところです。

 高校は常葉(とこは)大学附属常葉高校だったのだそうです。

 ここから突如として、私の追及する「未聴の音楽世界」のお話になるんですが、高校ではなくて「常葉短大」に存在した「常葉短大フォークソング倶楽部」の音源ですね。ネット上の動画サイトにおいて聴けるんですが。なんと全曲オリジナルのLP盤。タイトルは「わきあいあい」。曲調は様々で意欲的。質的にもなかなかのものだと感じます。

 発表年は1975年ということですので、ピンクレディーのおふたりよりもちょっと年上のお年さんたちの歌声になるのかなと思います。

 まずは冒頭の「コットンキャンディー」。2分弱の曲。バンジョーなども入っていて楽しく聴けます。後半にトライアングルが入ってリズムが明確になるんですけど、この人がけっこうウマくて、なんだか和気あいあいと草原の上で車座になり歌っていた乙女の集団の中に突如現れた「冷酷な“時”の支配者」みたいな印象があって私は好きです。

 これが「ワールド・ニュー・オーダーか!」と思います(ウソ)。

 もう1曲、私が好きな曲がありまして。「晩秋」という曲です。こっちはウェットな曲で恋愛を扱ったもの。非常に雰囲気があります。もう大好き。

 先週の番組「ふんわり」においての、なぎら健壱さんによる「日本のフォークソングの流れにおけるニューミュージック化」みたいなお話を聞きましたが、まさにその通りでありますね。私もこの辺になりますとリアルタイムの現地人ってことになりますけど1975年の静岡。まぁこんな感じでした。と思います。

 この作品「わきあいあい」に収められている歌声の主たちも今では60代後半。感無量でございますね。

 ───────────────

 以下は単なる私の日記です。

 今日はこれまでに録音してきた音源の整理などをしました。今年の1月から録りためたもの。500曲ちょうどくらい。前にもチョロっと書きましたがやっぱりチリとかウルグアイとかアルゼンチンとかのシンセポップとかニューウェイヴを発掘できたのが嬉しかったです。まだまだ数は少ないですが。南米の南半分ですね。前にも書きましたがブラジルがけっこう渋いんですよね。チラホラいることはいるんですけど断然少ない。ナゾです。私の探し方が悪いだけなのかもしれないですが。

 まだ仮説に過ぎないんですが、私が今まで聞いて採集してきた辺境(と言ってしまっては失礼ですけど)シンセポップのすべての若き野郎どもなんですけど、英語以外ですと「スペイン語で歌われているものが多い」っていうのがあるんですよね。南米の南半分とかもそうですし、メキシコなんかもそれです。

 もしかして「スペイン語圏であり、そしてまた都市の発達している国」にシンセポップが発生しやすいのかも。って思っています。

 ブラジルで話されている言語は「ポルトガル語」ですよね。

 しかしここまで書いてみて確かめてみたら「スペイン語とポルトガル語はけっこう通じる」みたいな実態があるみたいですので、う〜ん。どうなんでしょう。関係ないのかな。

 ちなみに国家ポルトガルにおけるシンセポップというのがですね。これまた少なくて。実はほとんど見つけられていません。80年代に活躍していた「Hist」っていうバンドがあることはあるんですけど、私の聞いた感じこのバンドは英語で歌っているような気がします。曲的にはボヨンボヨンとした変態サウンドで悪くないんですけど。

 色々と書いてしまいましたけど、「まだ道なかば」ってことですかね。生涯勉強ですよ。