午前中は防災関係の訓練でした。
体育館に小学校区から70名ちょっとが集まりまして、発災後の体育館や小学校の校舎、及びグラウンド、その他(洗濯物を干したり仮設トイレを設置するという細部について)の使われ方など、それとダンボールベッドの組み立て方、それと小学校としての防災対策、生徒の子たちの動きと日頃の訓練のようすなどを学びました。学校からは教頭先生。そして、その他の全体的な事柄は市役所から聞き防災管理科の人たちと体育館や地域を担当する係になっている人たちが来て教えてくださりました。
マニュアルが体育館ごとに定められておりまして、その版が去年のもの。基本的には去年に聞いたお話と変わらないのですが、コロナ渦において必要と考えられるものなどの物資が倉庫に新たに加わっているのかなという感想を持ちました。
私が住んでいる地域には中学校が1ヶあって、小学校が2ヶあるんですが、つまりふたつの小学校に通っていた子たちが成長するとひとつの中学校に通うといった感じです。
この3ヶの学校というのはそれぞれが避難所になると位置付けられておりますが、日頃の訓練としては市内のどこも小学校区の単位で動いているので、たぶんおそらくどの地区でも中学校を使った訓練はしていないのかと思います。なぜこんな込み入ったことをブログにおいて書くのかというと、私は小学校区のはじっこに住んでいて、避難所は中学校なんですよね。おとなりの地区と合同で身を寄せるといった塩梅。
まぁ大きな注意点だったり運営の方法というのは共通しているんですけど、ちょっと不安があります。
私の立場はあくまでボランティア的な補助であって、中心は防災に関わる自主防災会だったり町内会長ってことになるんですが、1年ごとに変わる人の割合も高いので何年も続けて地区のことをやっている私及びその他の人たちの存在というのも案外小さくないのかもしれません。とにかく原理原則を正しく知っておいて指示が必要かって時にはアドバイスするとかですかね。私がもしもその場にいれば。ちゃんと言っておくタイミングが後にズレればズレるほどコジレちゃいそうだなっていう心配もありますし。
ただし一番大事なのは私にしろ震災で死んじゃわない。ケガをしないでおくということではあるのですが。まずはそこからですからね。
以下はラジオ日記です。
NHK・FM「現代の音楽」。先月の上旬に亡くなられた作曲家の一柳慧(いちやなぎとし)さんの追悼番組。
なんと3週にわたっての放送です。みっちりとその業績を捉え、振り返り、おそらくラジオを聴いている人たちみんなで故人の死を悼む、もしくは一柳さんの残したもの存在を忘れないでいようっていうメッセージを感じます。
私は先月に個人的にささやかな追悼活動をしました。過去ブログに書いたとおりでありますが、がしかし私が思っている以上に一柳さんが日本の現代音楽に残した足跡が大きかったということなんだろうなと思います。
本日の放送の内容としては60年代から70年代最初の方までということでテープ作品であったり電子機器を介した曲をふたつ。それとピアノ曲を聞きました。
電子音楽の方は聞き返したばかりであったせいか、今までとはまた違った聞き方ができて新たな発見がたくさんありました。収穫でした。「東京1969」において特に顕著でした。もしかしたら体育館でたくさんの人がすれ違う、または協業するという活動をした直後に帰宅してから聞いたせいもあるのかもしれないなと思いました。“群”としての様相ですよね。“人”がある曲だと思うんですよね。「東京1969」って。
ピアノ曲は「ピアノメディア(1972)」を聞きました。初めて聞いたのですが、解説の西村朗さんおっしゃるとおりで衝撃的にカッコよかったです。演奏の高橋アキさんが最高でした。
基本的にはミニマルな作りをした曲でしたが後半に仕掛けがしてあって鮮烈なおどろき。そしてまた瞬時に元あった連続体に戻っていく何事もなかったかのように。大変面白かったです。多くのピアニストに取り上げられる人気曲だということですが納得します。
今回の3週の特集では、特に個人的には私が知らないでいた一柳さんのピアノ方面を聞ければ良いなと思っています。最晩年までピアノを愛していたようなんですよね。来週以降も楽しみです。
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NHKラジオ第1の午後の番組「ディスカバー・カーペンターズ」を聞きました。ハーマンズ・ハーミッツのカバーなどを聞きました。それとARPシンセサイザーが用いられたというエピソードを編曲家の森俊之さんに教わりました。たぶんオディセイですよね。ハービー・ハンコックさん等の名前が出たので間違いないと思います。
森さんは収録スタジオにキーボードを持ち込んで実演をよく番組の中でしてくださるのですが、どうやらヤマハのCP4という機種を愛用されているのかと思います。それと一緒に写った写真がネットにありました。これが私は知らなかったのですが木製88鍵でありながら重さが17キロ台というちょっと前の常識では考えられないというか昨今は61鍵の普通のシンセサイザーも飛躍的に軽くなっているんですが、それはともかく驚きました。
その後、思うところあって過去の放送を録音していた音声を聞き返しました。作詞家ジョン・ベティスさんを取り上げた2週間分です。7月の後半とかの放送でした。
確かめたかったことはカレン・カーペンターさんの低い音程での歌いだしを母音の「ア」に置いて一番良い響きを引き出したという点でした。
確認を終えて満足したのですが、別の話になりますが、「青春の輝き(I Need to be in Love)」の詩の内容であるとか、ジョン・ベティスさんがカレンさんに向けてもしかしたらカレン自身も感じていながら言葉にはできなかった心のあり方をズバリといぬく形で詩にしたのでは……という解説を聞き返してまた感動。そして放送第1回目にも「I Need to be in Love(この曲に関しては原題のほうがストレートに楽曲を思い返せて良いなと思います)」が取り上げられていたのでそちらの音声も聞き返しました。
もう私も泣いちゃって大変でした。歌詞ができたばかりの清書もしない読みにくい状態でしかし何回か歌ううちに完璧に歌として捉えたというカレンさんのエピソードでした。いわく「一番好きな曲」となったということで。完璧な詩作だったんだなと思いました。
他の曲を聞くにつけ改めて思いますが、カレンさんの楽曲に対して声のトーンを寄せていく能力の高さは凄いですね。ノドの制御の巧みさと申しますか。もちろん名のある歌手の人は誰でもできていることではあるんですが、群を抜いていると思います。曲想に対して自然でありまして、もう歌いだしから聞く人が判断するよりも早く「あ、メッチャ落ち着いた曲なのね」とか曲の道筋がそれはもうハッキリしてます。迷わず音楽に入り込めます。こうしたテクニックって音楽を伝えていく上で本当に大事なことなんだって学べますね。