「イラスト」カテゴリーアーカイブ

モモンガくん〔忍者11〕

 木の実をあぶって食べようとしているモモンガ忍者くんを描きました。

 日記的なメモです。

 ブログの更新が遅くなりました。すみません。

 きのうも少し書きましたが、イラストのお仕事が忙しくなってしまいました。今日はかなり集中して仕事をしました。

 おかげさまで分量としてはかなり進みました。

 追加分の原稿が入ってきました。詳細が判明しました。これで計画が立ちます。ちょっと手間はかかりそうですが、あまりむずかしく考えないで淡々と進めた方が気分的には潰れずに完走できそうな気もします。また明日もがんばります。

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 そんなワケで急に忙しくなってしまってラジオ日記には色々と書きたいこともあるんですが、時間がありません。

 きのうとおとといに長文を書いておいて良かったです。あんなの時間がある時じゃないとできません。もっとも私の場合は長文をブログに載せる場合は2日くらい前から準備して変な文にならないように書いては消ししているんですが。

 今日のラジオはまずはNHK・FM。「吹奏楽のひびき」。北海道の北見市に優れたクラリネットの演奏家おふたりがおもむき、演奏されたというライブ録音。最初の音が鳴った瞬間から素晴らしかったです。50分の番組があっという間。

 次に「現代の音楽」。こちらも最近の演奏から。ライブエレクトロニクスの実践っていうんですかね。特に2曲目のものがその特殊な効果がわかりやすくて好印象でした。演奏家の演奏技術も重視されつつ電子的な即時の加工だったり処理。ブライアン・イーノさんは「トリートメント」って称していたでしょうか。最近ネットで国立音楽大学で現代音楽を学ぶ若い人たちのやはり同種の試み、つまり演奏を電子的に処理するっていう演奏会のようすを何本か見ました。ヒトの演奏だけでは表現できない領域の音の具体化。個人的にもとても期待しているところです。

 「子ども電話科学相談」も聞きました。小学2年生の男の子の質問者が大変に利発なお子様でびっくりしました。先生とのやり取りの中で自分で言葉を組み立てつつ考えなどを伝えていましたが文意が一貫していて助詞の使い方も満点。考えながらの会話においてこんなにうまく話せるものかと驚きました。将来に研究する人になったとしたら読みやすい文章を書けそうです。大人でもなかなかできないことです。

 「ニッポン時空旅」。こちらは再放送でしたが初めて聞いた時にも大変に興味深い内容でしたので再び聞けて嬉しかったです。音階について。いわゆる「ヨナ抜き音階」などにも触れつつの楽しい30分。

 明日の深夜にはジェームズ・エムトゥーメさんの活動を振り返る番組がNHK・FMであるようです。遅い番組ですので聞き逃しサービスを利用すると思いますけど楽しみです。

 それと昨夜の番組。「クラシックの迷宮」。スクリャービンさんのお仕事を概観するもの。スゴかったですね。内容が濃くてね。つまり彼の人生そのものが語るべきコトガラに満ちていたということなんですが。マしかし私がするべきことは録音しておいた内容をもう一度聞き返してみることじゃないかと思います。大変に驚かされました。北一輝さんの超人思想みたいなところまで飛び出していました。

中古のレコードにまつわる思い出〔東京・荻窪編〕

 今朝は自転車で重いものを運搬する作業をしました。

 寒いですね。毎日。

 午後はちょっと疲れてしまって横になりました。ノドが痛い感じがします。

 イラストのお仕事なんですが、おとといに提出したラフスケッチに訂正の連絡が入ってきました。仕上げの作業に取りかかります。

 追加のイラストが発生したようですが詳細は原稿が入ってくるまで未定。ちょっと忙しくなるかもしれません。しっかりやらないとマズいかも。

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 きのうのエントリで富士山ご当地アイドル「3776(みななろ)」によるストラヴィンスキー氏の「春の祭典・いけにえのおどり」のダンスビデオ。についての感想を書きました。大変にすばらしい音楽とその踊りでした。

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 本日の内容は単なる私の思い出話ですが「春の祭典」についてです。

 私が建設現場でアルバイトをしていた頃ですから30年ほども前の話です。

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 当時の私はドビュッシー、エリック・サティときて、この辺は割とニューウェイヴとかポストパンクの人には愛好する人も多いので意外に必修科目なんですが、その先ですね。ちょうどチャイコフスキーさんの楽曲に「祝典序曲」という破天荒な音楽があると聞いて中古盤で手に入れてビックリしてみたりした後です。「こりゃ案外クラシックもスゴいぞ」って、わかりかけてたんですね。「あいつら身なりはまともだけどアタマはおかしい」と。そういう人もいるんだと。前例にこだわらずその先を行きたガール人たちの存在ですね。

 なにかで読んだかで「春の祭典」という曲がキテレツだと。そうなのか。聞いてみたい。中古で安く。ってワケでその機会をうかがっていた頃でした。

 この先、東京の地名が出てくるんですけどね。「荻窪(おぎくぼ)」っていうJRの駅があるんですけどその電車に乗ってる時に北を向いて乗って行ってガックンって停車した時に割と新宿寄りに乗車していた場合に目に入る小さな商店だったり飲食店が並んでいる一角があるんですね。先ほどネットで確認してみたんですが、案外に往時の姿をとどめているようでおどろきました。

 しかしそんな割と年季の入ったお店の姿とウラハラにちょっと右手には背の高い立派なビルが建っております。私このビルの建設に携わったんですよ。バイトでね。90年代に入った頃だったみたいです。調べてみると。

 5回か6回ほど現場に入ったと思います。割と季節としては良い時期。というのもひざ下まで雨水がたまっている地下室みたいな場所で資材を運搬して上階にあげるという作業をした記憶があるんですが、寒い時期だったらやってられませんけど、そうしたネガティブな記憶はないので暑くもなく寒くもない季節だったんだと思います。

 このビルの作業は地下の基礎だけでした。私がバイトしてた工務店的には。地上階が組み上がっていく段階では入っていません。しかし地下は深くてですね。15メートルくらいはあったと思います。そうそう、ビルの名前ですけど「DAIWA荻窪タワー」っていうのかな。作っている時点ではゼネコンの社屋らしいぞみたいなこと言ってましたけど、まぁ当たらずとも遠からずっていうかね。

 ネットで調べると「地下2階」ってことになっているんで私の書いた「15メートルくらい深さがあった」っていうのと合致しないんですけど、最下部に空調だったりの設備とかを納める場合は往々にしてあるので、大きなビルですし私の記憶はそんなにマト外れじゃないと思います。

 そのビル建設現場のすぐ近く、先ほど紹介しましたちょっとゴチャッとした商店群ですね。目と鼻の先ですよ。ソコに「月光社」っていう非ッ常に良い名前の中古レコード屋があったんですよ。今もあるみたいですけど。当時は主にクラシックのアナログ盤を主に扱っていたと思います。つまりチャンスなんですね。「春の祭典」。お昼休みに覗いてみようと。レコ箱をね。おそらく相当に有名な曲ですから置いてあるに違いない。根拠の不明な決めつけです。

 しかし何しろバイトとはいえ肉体労働ですから特別に体調が良い時に行ったと思います。午後にひびかないように。ケガの元ですからね。とりわけ天気の良い日に体調も整えて「たのもう!」って感じです。勇んでお店に飛び込みました。

 すると良くしたもので、なんなく「春の祭典」を発見。当時はっていうか今でもどれが有名な良盤かなんて知りませんから目についたヤツで安い盤ですよね。千円しないヤツ。「案外早く見つかった。これ買って現場に戻ってひと眠りして午後の作業に備えよう」。つまり手早く会計を済ませたいのです。

 ところがですよ。盤をあさっている時分からなんとなく耳には入っていたのですけどレジの前に常連っぽい若い男性が立っていて店主らしき人と歓談中なんですね。その内容が問題です。

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 そのようすを絵にしたものが本日のブログイラストです。

 店主さんはウサギさんとして描きました。チラッと1回その時だけ見ただけなのでかなり違っているかもしれません。私の記憶ですとずんぐりした体型。通じるかわかりませんけど斎藤雅緒さんっていうイラストレーターの方がいて、印象としては近かった記憶です。斉木しげるさんのご実兄ですけどね。もちろん当時のまだ若い頃の印象ですが。いろいろ書いたけどかえってわかりにくいかもしれませんね。失敗だったかな。

 ビックリしたのは店主氏のすぐ前に設置されていたレコード・プレーヤーでして見るからに高価な感じ。ターンテーブルの造りが立派で、ホールケーキの厚さとまでは言わないまでもカステラ程度の厚みはあったと思います、「うぅわ高そう」みたいに思いました。ヨドバシのピュアオーディオのフロア以外であんなの見かけたことないです。

 若い方の描写に移りましょう。ウォンバットさんとして描きました。この人も体格が良くてね。背も高かったと思います。それますけど当時の私はデザイナーから肉体労働に転向して苦労していた頃で当時はまだ50キロ台中盤。筋肉がありませんでしたから特に上半身。スケボーしていたせいで下半身は人並み以上にあったのでその利点だけでバイト時代を乗り切った感じでした。マとにかくやせていたと。今より8キロほど軽かった。

 イラストではネコがヘルメットをかぶっていますけどこれは作業中のもので、お店の中っていうかお昼休みの時点ではぬいでいます。地獄のような長髪でしたけど三つ編みにして丸めてゴムで留めていたので見た目はオールバック風でした。

 若い方に戻しますが、下校途中の高校生の人だったと私は見ました。どうやら吹奏楽をやっているようだと思いました。なぜそう思ったかの根拠についてはすでに揮発済みです。そりゃそうだ。30年前だからね。それでその男性が割と力説しているのです。

 「いまどき「春の祭典」なんか聞く人いませんよね!」という非常に問題アリな論調。しかも話の流れでポッと出た感じではなくて、2度か3度その説を繰り返しているんですよ。完全にその場における論点ですよね。

 私にしてみれば早く「春の祭典」をレジに出して現場にひいたベニヤ板にねそべって横になりたいのにね。ハナハダ持って行きにくい。迷惑。ナゼ、よりにもよって「春の祭典」ピンポイントでディスるようなコトを申し上げているのかと。

 心境としては大変にジリジリとしましたけど、おそらくそんなにガマンもできずに会計したんだと思います。今思えばね。

 別に何事もなく淡々と会計できました。まさかお店の中に渦中の「春の祭典」の中古盤を抱えて困っているホコリまみれの作業服男性の存在があるなんて思いもせずに歓談しているだけですからね。彼らにしてみれば。

 まだそんなに忙しくなる前の割とヒマな時間におけるクラシックファンである若い人との意見交換ですから、お店の人も楽しんでしていたことだと思います。

 私にしたところで去年の年末にチラッと書きましたけど若い人特有の視野の狭さからくる極端な意見。そこに立脚して何か新しいものが生まれるんじゃないかという期待。これはおそらくその頃からあったんでしょうね。私自身がまだ若い時分でしたけど独自な意見は嫌いじゃない。応援したい気持ちすらある。そんなワケでちょっと申し訳ない気持ちでした。

 それらを購入したレコード袋と一緒に抱えてすぐそばの建設現場のゲートをくぐったと。そうした記憶、むかし話でした。長くなっちゃってすみません。ありがとうございます。

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 以上が、私的「春の祭典」にまつわる記憶なんですが、どうでしょう。あの青年ね。

 その後に「春の祭典」への扱いだったり、心境の変化あるいは心的成長というものがあったのか、なかったのか。高校生からのクラシックファンなんて思うに一生クラシック好きでしょうから。しかも権威に負けずに独自の見解も持っているワケですからちょっとしたモンなのかなという。

 その時限りの出会いでしたけど、「春の祭典」という曲の存在を思い出すたびにあの日あの店あのお客さんが思い出される。そんな次第です。

 思えばあのお店「月光社」にも1度行ったきりでしたけど妙に思い出深い。ちょっとした小さな出来事があっただけでずいぶんと違うものです。

モモンガくん〔忍者10〕

 モモンガ忍者くんのイラストを描きました。

 もしかしたらムササビくんかもしれません。

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 以下は、ネットの動画サイトで私の住む静岡県富士市、富士宮市周辺のご当地アイドルである「3776(みななろ)」の動画を見た感想を記していこうと思います。

 曲はストラヴィンスキー氏の「春の祭典」から「いけにえの踊り」です。クラシックの名曲に独自な解釈を加え、その上に新たな歌メロをのせるという手法。他にもいろんなクラシックの名曲を手がけているようです。3776の活動においては。

 歌詞としては「誰のために生きる」「誰のために死ぬ」という文節が繰り返され「いけにえの踊り」の題に沿ったものになっています。それらが交互に延々と繰り返されます。聞いているうちにまるで正反対な意味合いである両者が、やがてイコールで結ばれる、あるいは融合するさまを追っているようだと感じました。

 動画の内容としてはダンスを主体としたものになっています。

 舞台としては大変に素晴らしく美しいと評判の富士市内の公園であるようです。

 画面を分割して、ひとり3役というか、センターにメインの踊り。両脇はダンスの進行を補助するシンメトリーな動きという構成。

 振り付けとしては最初は、考えあぐねるような思いなやむ表現。それが途中で吹っ切れてむしろ力強さを増していく。というようなストーリーがあるようです。

 両サイドの2役は、吹っ切れたあとのメインの存在を鼓舞するような動きをして盛り立てているようです。

 メインの踊りにおける指先、足先までのシルエット表現にこだわった動き。よくゆきとどいていて美しいと思いました。

 「いけにえの踊り」ということなんですが、富士市にはかつての富士川の氾濫をしずめるために人柱を立てた歴史があります。動画を見ていて「死ぬこと」が「生きること」に転化する形式のひとつとして、昔の人柱のことを思ったりしました。

 それと昔話のひとつとして「いけにえ渕の毒蛇(どくだ)」というものも伝わっております。この動画が撮影されたと思われるあたりの出来事であるようです。若い女性が命を落とすという、なんとも悲しいお話なんですけどね。

 世界に目を転じても「いけにえ」ってたくさんの例があったようですが非常に重い問題。しかし普通の人が普通に生きていく上でも「誰のため」「何のため」という問いはいつもあってしかるべきなのかなと思います。

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 去年の当ブログにおいて3776の製作をしているプロデューサーの方の感覚の面白さに触れたんですが、この楽曲においてもストラヴィンスキー氏の前衛的な性質を今の音楽の潮流を用いてとてもうまくまとめているなと感心しました。

 歌唱は多重録音で作り上げたなかなか手間のかかった作業をしのばせるもの。圧倒的な世界がうまく作れていると思いました。

 歌詞の内容は重いのですけど最後のギリギリのところでちょっと茶目っ気の感じられるような一瞬があり、私はそこがとても良いなと思いました。一瞬の息抜きの後の印象的なラストシーンでした。

 歌とダンスを担当している井出さんはまだ若い人ですけど、そういう元気で茶目っ気のある性格を演じるのもお好きなようで、他の動画では富士山の妖怪の子と、ひとり2役でおしゃべりするという構成を楽しんで演じているようです。こちらも大変に素晴らしい内容ですので、もしこの文章を目にされた方で静岡東部への移住を検討中だという方は見てみてください。そして富士市への移住を決心してくださればと思います。

 動画における衣装についても記しておこうと思います。

 たいへんにゆったりとした長いワンピースのドレス。色は白に近いベージュでしょうか光線やレンズの関係もあるかもしれません。ロシア的な飾りが襟ぐりに施されているようです。海からの強い風をまともに受けてハタハタとたなびくようす。風を受けて飛んでいきそうな激しさと優美が同居する世界ですが、これもドラマチックな印象作りに寄与しているようです。雲ひとつない快晴というのも美しい。

 両サイドの踊り手も衣装としては共通なのですが、背中にだけ茶色の毛皮を背負っているという違いがあります。私にはまるでモモンガのように見えました。ゆったりとしたワンピースは飛膜のよう。強風に乗って飛んでゆけそうです。

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 そんなワケでして、本日のブログ用イラストの「忍者モモンガ」は、「3776の春の祭典・動画」を見た感想も含んでいたのでした。

 というところで本日はおしまい。ありがとうございました。

タヌキさん〔忍者09〕

 宙返りをする忍者のタヌキさんを描きました。

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 以下、日記のようなものです。

 イラストのラフ作成ですが完了しました。お昼過ぎに送付。お返事を待つ段階です。

 思っていたよりも仕事が早く終わりましたので外出。今日は市役所に献血のバスが来る日です。400mlの献血を済ませてきました。

 本来であれば去年のうちに1回やっておきたかったんですけど、去年の終わりの方は気温の変化に体がついていかなくて体調が悪かったり、腰を痛めたりしたので行けなかったんですよね。

 本日の献血バスの様子は混雑していました。

 2時半に着いたのですけど「1時間待ちです」と言われて別の用事を済ませてからもう1度行ったという次第です。

 静岡のコロナ感染の状態がこの先に悪化したら血液の事情もひっ迫するかもしれません。今日は行けて良かったと思います。

 次に私が献血できるのは4月の20日過ぎです。そのころには平静な世の中になっているようにと祈ります。

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 ラジオ日記的には昔の民謡を聴きました。

 NHKラジオ第1「らじるラボ」。DJ俚謡(りよう)山脈のお二人がいつもながら良い民謡を持ってきて紹介してくださいました。今日の歌もとても良かった。あとで聞き返しながら録音しようと思います。

 途中に興味深いお話あり。ラジオで「これだ」っていう民謡を流すと弊害もあるというお話。つまり放送の電波に乗ったものが決定版みたいな受け取られ方をすると、その歌い方を模倣する動きが連なる。地域性などが失われる結果に結びつく。それは本意じゃない。というような感じだったと思います。

 これは過去の俚謡山脈のお二人のお話からも「譜面に起こすもんじゃ無い(あくまで口伝。譜面に書けない細かいニュアンスこそキモみたいな感じ)」であるとか、別の番組ですけど「ニッポン時空旅」でも何度か言及されていることかなと思います。

 あとは民謡を歌うんなら野良着であってしかるべきでは。っていうのは良い意見だなと思いました。