「イラスト・むし」カテゴリーアーカイブ

銭湯ライフ

 ちょっと古い話になるんですが、NHKのラジオ番組を「聞き逃しサービス」で聞きました。1月の中旬のことですので、いまはもうその音声の公開時期は過ぎちゃっていますけど。

 人気番組「伊集院光の100年ラヂオ」です。

 古い録音素材を聞いていこう! という趣旨の番組なんですが、その回は日本が主権を回復した昭和27年に作られた番組でした。

 「100年ラヂオ」を聞く上で、いろんなことを知れるんですけど、ひとつには、かつて番組制作を監督する立場におけるGHQの(中の一つの部署という)存在があったこと。そうした管理もなくなったのが昭和27年だったということなんだそうです。

 ざっくり言って自由な番組作りっていうことでしょうか。テレビの放送がまだですので、放送メディアはラジオだけで、そのせいなのかラジオ番組制作における力の入れ具合は今とは違う熱量があったのかなという感想もあります。

 具体的な内容なんですけど、本日のイラストには銭湯の番台周辺を描写いたしましたが、その通りというか「お風呂」にまつわるものでした。

 「今まで銭湯通いだったけど、おウチにおフロができたよ!」という一家の新しい日常の風景。これは一般リスナーである、この場合は小学生の男の子が作文をNHKに送り、その内容をラジオ劇にして放送するというものでした。これが大変にホノボノしておりまして、私はかなり好きな感じでした。

 その中で、「位置的に銭湯と離れているため、今までは銭湯通いが大変だった。特に寒い時期、おばあちゃんは足腰が悪いので、銭湯に通う日程も離れがちだった」ということも言われていました。

 昔の東京が背景になるお話でしたけど、当時の東京なんてもうかなり銭湯はそこいらじゅうにバンバン建っていたと思うんですが、地形なんかの条件だったりで離れていたおウチもあったのかもしれません。

 私も東京に住んでいたことがあるんですが、最後の数年をのぞいただいたい20年弱はずっと銭湯通いでしたので楽しく聞きました。

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 そんなワケでここからは私の個人的な思い出に移ります。私は西新宿周辺の銭湯についてはちょっと詳しいですよ。平成の中頃までの限定ですけどね。

 イラストに描きました情景。これは息子さんにほとんどおんぶしてもらうような体勢で銭湯に連れてきてもらっているご老人の姿です。

 誇張ではなく「ヨボヨボ」っていう感じのおじいちゃんでした。

 私の銭湯利用の時刻とかぶっていたのだと思いますけど、よく見かけました。たぶん息子さんは今の私と同じくらいの年齢だったと思いますけど甲斐甲斐しく良く尽くしてらっしゃるなと思っていました。大変に頭の下がる思い。ただもうおじいちゃんとしてはされるがままっていう感じでしたけどね。背中を流してもらったりしていました。

 たぶんこの方たちは距離的には割とすぐそばにお住まいだったんだと思います。すぐそばから来てるみたいで、玄関口でよいしょって体を持ち上げてしばらく道を歩いていくと銭湯の番台、なのかなっていう印象でした。大変そうだけど、息が切れるとかではない。っていう感じだったのです。銭湯の人とも顔なじみでやっぱり丁寧に接されていたと思います。良い人がやってるお店だったんですよね。もしかしたらあれが私の触れた下町の人情とかだったのかもしれないです。総じて私が通ったことのある銭湯ってそんな感じでしたけど。

 具体的なことも書いておきましょう。これは西新宿の4丁目の奥の方っていうか環状6号線に面してはいないんですけど背中合わせの位置でして、大きく申しますと西新宿のバスの駐車場とかロッテの本社。そのそばにスバルの販売店があるんですけど、その道を入って行って奥の角まで行く感じ。今のネットの地図で見ますと立派なマンションが建ってますね。しかし平成の当時でも「ここはむしろマンションとかアパートが建っていてしかるべきじゃないのか」っていうもうこのあたりでも銭湯の命脈の最後の方っていう感じだったと思います。私みたいにお部屋にお風呂が付いていない人にとってはとてもありがたかったんですけど、やっぱり「ここもいずれは無くなっちゃうんだろうな」っていう予感は濃かったです。お風呂は薪で炊いておりまして、その古い感じがまた良かったです。良いお風呂屋さんでした。併設されたコインランドリーもよく使わせてもらっていて。ありがたい存在でした。

 「100年ラヂオ」では「寒い時期の銭湯通いが大変」みたくいわれておりまして、確かにその通りなんですけど、私は前にも書きましたけど貧乏なくせにお風呂には毎日通っておりまして、とは言えやっぱりとても寒いんで革のズボンをはいていくという、お風呂通いなんだかロックな(すごい長さの長髪でしたし)お兄ちゃんが夜中に洗面器にシャンプーとか入れて歩いているだけなのか判然としないっていうスタイルで通っていました。私の場合、銭湯に行くにも黒い革のブーツでしたから余計におもしろいっていうか不審な感じでしたね。

 お風呂通いの時に続けている習慣がございまして、近くに小学校があるんですけど、そこの門の前にいつも空き缶などが落ちていたのでその他のゴミなんかと合わせて拾って帰るのが日常でした。

 たぶんここは西新宿の高層ビル街に一番近い小学校だと思います。

 以前にはもっと近くに小学校があったんですけど、私が西新宿に住み始めたくらいに無くなってしまいました。建物としてはしばらく残っていて、新宿警察署が建て替えになった時に機能移転していたと思います。免許の書き換えかなんかで一度入ったことがあったという記憶。おそらく芸人の玉袋筋太郎さんの母校じゃないかと思います。

 それと今は芸能関係の団体の所在地にもなっている淀橋第三小学校というのがありましたけど、こちらも無くなっています。私が生まれて初めて選挙の投票をした小学校の建物でしたので印象深いんですが。

 マそんな具合でして、西新宿には今はもう小学校というのがおそらく上で書きました西新宿小学校しかないんですよね。いうまでも無く非常な繁華街にも近いですし、行き交う人たちも多い。朝方なんてサービス精神を使い果たした夜のサービス業の人の帰宅なんかもあります。ヤサぐれてますよ朝なのに。そんなお土地柄。きっと子供ながらに見たくないものも見てるんじゃないかなってことで、せめて学校の周りはキレイにしておいてやろうじゃないかと個人的なゴミ拾いを毎日していました。全周囲をキレイにしていたというわけではなくて自分が通るところだけです。

 私がキレイにした後に空き缶1ヶでも置かれたら台無しなんですけど、とりあえず私が継続してできることをしていたという感じです。

 おもえば今の地元に帰ってからのボランティア活動につながるのかもしれないです。昔からそういうのが私は好きなんですね。きっと。地味だけど継続していく行動。これで地域が変わるかもしれないし変わらないかもしれない。

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 日記的な記述なんですが、今日は買い物のため2回外出しました。

 そのうち1回はお米を買って運搬したので重かったです。

 その他お料理したり洗濯物を取り込んだり、お昼寝したりしていたら夕方になってしまった感じです。

 夜から会議があるので出席してきます。まちづくり協議会の関係です。福祉の関係の会議です。

 明日も午前中に打ち合わせがあるので忙しいです。

子どもライフ-まつばづえ

 きのうの「サブマリンシュートで骨折」の続きです。

 ポッキリいっちゃった子なんですけど、その後しばらく松葉杖を使っていました。

 周囲の子たちの間に「小学生らしからぬカゲがある感じ。なんかカッコいい」みたいな評価が顕現しまして「なんとも言い難いストーリーを背負ってる感じ。憧れる!」みたいな間違った思想が立ちあらわれる始末。

 みんなちょっとどうかしている感じでした。マンガのマネしてケガしただけなのに。

 しかしそんなバカさこそが小学生なのかなっていうのも、ありますでしょうかね。

子どもライフ-サブマリンシュート

 タイトルについてですが、きのうまでは「こども」という全部ひらがな表記でしたけど、今日と明日はちょっと年齢が高いので一部を漢字にしました。

 小学校の放課後の時間。

 みんなでサッカーをしている時に秘技「サブマリンシュート」をくり出した男の子が、ボールではなくゴールポストのバーをけってしまって足の骨がポッキリいってしまった。

 という事件をとらえたイラストです。

 私が小学生の頃の記憶なんですけど、その場を見たわけではないです。私はそんなに活発な子ではなかったので早く帰宅するタイプでした。

 運動が得意な子がその能力を生かしてしまったがための骨折だったのですね。

 わからない方も多かろうと思いますので解説いたしましょう。

 「サブマリンシュート」というのは「赤き血のイレブン」という原作としてはマンガですけど、私の世代的にはアニメっていうか当時の言い方でいうと「テレビまんが」ですね。「アニメ」って割と新しい言い方ですから。

 「赤き血のイレブン」は当時としてもちょっと古い作品だったんですけどテレビの再放送で放映されていたのでした。再放送って毎日同じ時間にやっていたりしますから子どもとしては嬉しいのです。

 毎日連続してテレビまんがワールドにひたりきってしまい、あげくには「オレにもできる!」と思ってしまったのかもしれません。

 つまり「赤き血のイレブン」に出てきたムチャな必殺技が「サブマリンシュート」です。ボールをけった後に半身を反りかえらせるという、それをしたところでどうなるんだろう。わかったようなわからないような必殺技ですけど、アニメですから特殊効果がピカーっみたいな感じで「そうか、必殺技なんだ!」ってムリヤリ納得させられるという作りなのでした。

 もう1点、本日のブログ用イラストのネコちゃんのポーズについても解説しておきたいと思います。

 ゴールポストの上部のバーをけっていますけど、これはウソです。見栄えを重視して私が創作しました。小学生ですのでっていうか普通の人間ですから高い位置なんてけれません。低い位置にある横のバーでモッキリいっちゃったみたいです。

 少し前に私はネット上の話題としてマンガ家の「すがやみつる」さんが、ご自身の創作における思い出を振り返るという記述を目にしました。

 いわく「最初の頃に手がけたマンガの主人公が“見せ場”において逆立ちするようなポーズであったため、それ以降のヒット作においても逆立ちポーズを編集部の人から求められた」というようなことでした。

 「すがや」さんは富士市生まれの方ですので、私も偉大な先達にあやかる形で「さかだちポーズ」を実習してみたというわけです。うまくいっておりますでしょうか。

 ちなみに私の住む町内会の自主防災会で用意してある無線機は「すがや」さんに関係のあるお店で買ったものです。免許の更新も依頼してあると思いますが、現在も続いているかまではわかりません。自主防の中で引き継ぎがうまくいっているかっていうお話なんですが、ともあれお店の方は古くからあるのでおそらく私のところの町内会だけではなくもっと広くお世話になっていると思います。発災からしばらくは携帯電話も使えないだろうということで買ったんですよね。

こどもライフ-あさのおどり

 1歳になったくらいの小さな子が、朝の起きたあと踊ってくれるというその光景を想像して描いたイラストです。

 こちらもNHKのアナウンサーの方の育児エピソードなんですけど、きのうまでとはまた違った方のご家庭における朝の風景だそうです。

 寝起きが良い子なのでしょうか。まだちゃんとしたダンスをするということではないと思い、ピョンピョン、パタパタしている感じにしてみました。

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 きのうはすみませんでした。後半は全然「こどもライフ」じゃなかったです。

 還暦にも近い私による「音楽ライフ」になってしまいました。

 個人ブログとは言え、たびたびの暴走。暴走老人です。面目次第もございません。以後も度々暴走すると思います。

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 ラジオ日記です。

 きのうの夜のNHK・FM「クラシックの迷宮」ではルイジ・ノーノさんの音楽を聞きました。まとめてちゃんと聞いたのって私は初めてです。

 全体を通して感動しました。晩年は静かな作風に進化、深化して行ったのですけど、そこへ至るまでの激しい作風も良かったです。

 イタリアの作曲家なのですが、スペイン内戦で殺されてしまった詩人にまつわる作品があり、それを聞きました。あとは「不寛容」に抗う曲、テープ音楽、晩年の静かな作風、これが遠くからかすかに語りかけるような、その声との出会い、みたいな感じだったと思います。

 私は映画「ミツバチのささやき」を思い出しました。スペイン内戦の後の気持ち的には分断されてしまった人々、大人たちが内心を素直に表現できない抑圧下。小さな女の子は精霊に出会う。極端に「話す言葉」が少ない静かな映画なんですけど、その時の夜のイメージ。不思議な体験の後に「私はアナよ」と窓の外の夜に向けて話しかける、自我を表明するみたいなお話。ノーノさんの「遠くから語りかけるような声なのか意識なのか生命なのか希望なのか」そうしたものとの出会いの音楽と重ね合わせました。

 また指揮者で作曲家のパウル・デッサウさんという存在を初めて知りました。

 全然関係ない話になりますが、EBM(エレクトロニック・ボディ・ユージック)とかインダストリアル・ロックのバンドである「DESSAW」の「Exercise in Tension」というアルバムを思い出してしまってネットの動画サイトで聞き直しました。私が23歳の時に非常によく聴いた音楽です。テクノロジーを使いながらも粗野で乱暴なところが当時はとても良いなと感じていました。聞き返してみると普通にロックっぽい魅力も多分に備えていた音楽だと気付いたという次第です。懐かしいですね。EBM。私自身はインダストリアル・ロックっていう呼称は使いませんでしたけど。本当に全然関係ないお話でした。ラジオ日記に戻します。

 今朝は同じくNHK・FM「吹奏楽のひびき」を聞きました。高昌帥さんの音楽をご本人をスタジオに招いて聞きました。下野竜也さんは高さんの曲を指揮することもあるそうでしてその録音も聞きました。

 高昌帥さんというお名前は「こう・ちゃんす」と読むのだそうです。良い名前ですね。ロックバンドのドアーズの「Take It As It Comes」という曲の邦題が「チャンスはつかめ」っていうかなり良い邦題がついているんですけど、すごい好きな曲なんですけど、ラモーンズもカバーしたんですけど、それはさておきまして、高さんの曲ですが、「ウインドオーケストラのためのマインドスケープ」という代表作の一つというご紹介でしたが確かに非常に良かったです。下野さんの指揮も焦点のあった聞く人を引き込んでいく手に汗握る展開でした。それと最後の方で聞いた「吹奏楽のための協奏曲から第5楽章」も良かったです。

 つづく番組「現代の音楽」。4人組コンサートの後半。金子仁美さんの3Dモデルを作曲法に用いた曲シリーズの新作。恒星を描写したというものだったと思います。解説の白石美雪さんのおっしゃることが実に的確に金子さんの仕事を言い表しているなと思いました。曲としては面白い音の連なりが現れては転換していくという印象を持ちました。

 池辺晋一郎さんの曲も聞きました。西村朗さんが亡くなった日に完成した曲、そうとは知らずに完成させて訃報は翌日に知ったということでした。西村さんの霊に捧げるとのこと。ハーモニカとピアノの組み合わせ。非常に良かったです。詩人の大手拓次さんの「ちろ そろ ちろそろ」という詩をもとにした曲でした。冒頭は本当にハーモニカで「ちろ そろ ちろそろ」とそのまま歌っているようで笑ってしまいましたがそこで開いた胸襟に豊かに響くハーモニカの音色が胸の内をふるわせていくような音楽だと感じました。

 池辺さんがどれくらい「詩をもとにした曲」を作っているか私は不案内ですけど、去年に「君は土と河の匂いがする」という曲を聞きました。非常に具体的な題名です。あとで知ったんですけどこれも詩が元になっているのでした。私はそうと知らずに題名のイメージのまま聞いたんですが、ちょっと不安な感じで「君」の中に入っていくんですけど、「君」のその奥に触れるたびに「じわ〜」っていうような温かい感情が湧きあがり、またさらに深い場所に進む。というような印象を持ちました。この際の「じわ〜」っていうところがスゴく良くて心に残る曲でした。あとで元になった詩をネットで調べて読んでみて「ちょっと違ったかも」って思ったんですけど、私としては「相互に理解するその喜び」みたいなことで思っておこうかなと思います。池辺さんが何かの番組で「現代音楽は推理小説を読む人に向いていると思う。この曲は何かな?って探るような人に」みたいなことをおっしゃっていたのでギリギリセーフかなって思います。

 せっかくなんでもう1ヶ書いておこうと思うんですが同じく池辺晋一郎さんの「ユーフラテスの響き」という曲もネットの動画サイトで聞きました。ユーフォニアムとピアノの曲です。たしか番組「現代の音楽」で微分音をユーフォニアムで鳴らすっていう回を聞いた後に「池辺晋一郎さんにユーフォニアムの曲があったような」と、微分音は関係なくなっちゃいますけど、そうして探して聞いてみた曲です。ユーフラテスっていうくらいですので大きな川を思い浮かべて聞くんですが、やはりユーフォニアムの豊かな柔らかい響きを感じられて、大きくゆったりとしたものを感じられて嬉しいんですけど、ピアノの音がなんだか垂直に突き刺さるような気がしてしょうがないんですよね。最初は川岸に生えている葦などの植物のまっすぐな感じなのかなって思ったんですけど、いやこれは違いそうだと思いました。ちょっと調べてみたところ、ユーフラテス川の流れるその辺りで紛争が絶えないと。そうした現状に心を痛めてっていうことみたいです。納得しました。今ネットで聴けるピアノの演奏をしてらっしゃる方はうまく演奏できているなと思います。今も改めて聞きなおしてみたんですが、思っていたよりもユーフォニアムの音の列というのはシンボリックな響きが随所に感じられて、やはり動きがある。決して静かな流れで満たされているという感じではないのかなと気づきました。「渦(うず)」みたいな感じですかね。すべての人が戦禍に巻き込まれることなくその生を全うして欲しいと心の底から思います。