「イラスト・こうもり」カテゴリーアーカイブ

コウモリ帝国〔07〕

 コウモリ氏があわてて飛んでいるイラストです。

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 日記的な記述です。

 私としては珍しいことですが市内の海岸に行ってきました。

 海岸に出ると思ったよりも風が強かったです。さえぎるものがないせいでしょうか。

 1時間ほど波打ち際を歩きました。なにかキレイな貝がらとかが落ちていないか探したんですが、拾えたのは2個だけでした。

 案外難しいですね。

 帰りはお米やお塩やお砂糖などを買って帰宅しました。

 夕暮れの富士山と踏切の風景です。

 私の住む富士市内には「岳南電車(がくなんでんしゃ)」っていう私鉄がございまして、その踏切になります。私の生活圏とはちょっと違うのであまり乗ることはないんですが。昔は「岳鉄(がくてつ)」って略していたんですけど名前が変わったというか会社の構成が変わったというか。まぁそんな感じです。乗ることはないんですけど、社員の人が町内にいたりしますし決して無関係な組織ではないのです。

 マそんなこんなでして、なんだか今日はよく運動ができたなと思っていたんですけど、小学校区の「まちづくり協議会」関係の会議があったことを忘れていました。

 遅刻して到着。要点を伝えていただきました。

 3月に予定されている行事については、私も内容を作っていく必要があります。今週の数日間は、そちらにも注力したほうがよさそうかな、という雲行きです。

 去年の11月の後半くらいからずっと机に向かいっぱなしで忙しくしていましたが、ここに来て少しは別のことをする余裕が出来てきました。そんな感じの今現在です。

コウモリ帝国〔04〕

 おなかをすかせていたコウモリさんが、くだものを食べているイラストです。

 大きなコウモリはくだものを食べる種類が多いのだそうです。

 もちろんそのときの体勢は、私がイラストに描いたようなものではありませんので念のため。これじゃただのマンガです。

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 ラジオ日記です。

 昔の蒸気機関車「彗星」が駅を発つときの汽笛の音やホームのようすを録音した音声を聞きました。非常に良かったです。蒸気機関車の音には動きがありますね。

 今では蒸気機関車って地方の小さな駅から駅へと走っているイメージがありますけど、当然ながら昔は都市圏の立派なホームからも出ていたんだなと思いました。

 NHKラジオ第1「鉄旅・音旅 出発進行」より。

 つづく「文芸選評」。

 今日は俳句の日。兼題は「鰤(ぶり)」。選者は西村和子さん。

 メニューが書かれた黒板の「鰤」のところに星印がしてあったよ、という俳句が私は好きでした。解説として「ちょっと誇らしげなところ、自信作だったのかな。その光景が良いですね」みたいな感じ。私もそうだなと思いました。

 今日の放送はブリ大根の話題が大活躍。

 つづく「ひるのいこい」の冒頭は野菜栽培のお話でした。「畑で採れた丸々とした白菜でキムチ作り」というもの。ご家族で食べるということだそうで、楽しげな雰囲気が伝わってきました。私はキムチを食べる習慣がないのですが、高年齢に差し掛かり、味覚の方向性もずいぶん変わってきたと感じております。もしかしたら今なら美味しく思うかもしれません。色彩的にいかにも辛そうなのが恐怖感をあおるなと感じるのですが。

 つづく朗読のお時間は夏目漱石さんの短編「文鳥」の第1回。お話の内容も朗読の浅井理(おさむ)アナウンサーもとてもよくて、夏目さんの文体を表現するにぴったりな読み方だと思いました。おちついて聞けました。

 来週はどうなるのかなと思い、出来心でちょっと調べてみたら悲しい展開が待っているようす。この先を聞ける自信がなくなってしまいました。

 NHKラジオの朗読で初めて知る文学というのが私は多いんですけど、「野菊の墓」を以前に聞きました。聞いたことを非常に後悔しています。かわいそう。考えてみればタイトルに「墓」と書かれている時点で気付くべきだったんですけど、やるせない。もっとホノボノとしたかわいらしい恋愛物語だと思っていました。

 このまま本日のエントリを終わらせるのはあんまりですので、最後はかわいらしくしようと思います。こちらもNHKラジオで聞いたお話です。

 「らじるの時間」より。今週の担当の中村慶子アナウンサーの子育てエピソードが可愛かったです。

 朝のあわただしい時間に、6歳の息子さんが服を後ろ前に来ている時があり、ムキョーっとなるというお話でした。上下そろって後ろ前の時もあるそうで、子供の頃に前後の区別に苦労していた体験などを思い出します。また息子さんをとがめた後に自分の服を見てみたら自分も後ろ前だったという、よほど急いでいたんだなと思える。知らないお宅の出発前の一場面を垣間見た思いでした。

コウモリ帝国〔03〕

 おなかを減らして飛んでいくこうもりさんのイラストです。

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 今日は朝9時ころに重い荷物を運搬する作業に従事いたしました。今年最初の作業でした。

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 ラジオ日記です。NHKラジオ「ひるのいこい」を聞きました。

 ヒヨドリがエサをくわえて飛んでいくという俳句なのか短歌なのか、そのどちらかだと思いますがラジオ聴取者の方からの投稿に「良いな」と感じました。

 万年青(おもと)の赤い実をくわえていったんだそうです。冬の景色の中にも鮮やかな生命の息づかいと申しますか、動き、を感じさせる感性でした。

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 個人的な音楽聴取活動についてのメモです。

 おもに80年代のニューウェイヴを大量に聞いています。元日から200曲ほどを聞きました。そのうち「これは捨て置けないぞ」と感じたのがその半分くらい。相当な確率です。非常に良い鉱脈を発見いたしました。“私ごのみ”です。

 未知だったニューウェイヴ曲をたくさん知れて嬉しいです。

 それらはシンセポップとも表裏一体みたいな部分もございますので、未知のニューウェイヴ曲を知るということは未知のシンセポップ曲を知ることと同義ではないにしろ曲によりましては「これは良いシンセポップ曲を知れたな」という嬉しさもあります。

 いつも利用している巨大ネット動画サイトの検索システムが去年の末くらいから変わってしまったようでありまして、主に私が追い求める「80年代の変な人たち」が引っかかりにくくなっているような感触があります。別に今の主流ではありませんから、そこに私としての不満があるということはないです。そんなものだろうな、というくらいで、むしろ感謝です。

 私企業の運営するサイトですから、著作権的にアヤフヤな楽曲というのはいつ消滅するかわかりません。私が追い求めているものって多くが自主制作ですし、調べていると関係者が没している場合も普通。40年前の潮流ですからね。きのうなんかメンバーの半分くらいが90年代冒頭にHIVで亡くなっているなんていうバンドもございました。戦慄しますね。あれは大きな出来事でした。いうまでもなくそうした場合、権利的には難しいことになるでしょう。遺族にしたところで「うちのダンナが若い頃にバンドやってて録音物を売っていた時期がある」なんて知りもしない場合が多そうです。

 今の私が町内会のお仕事として「権利者がわかりにくくなっている私道について権利の所在をハッキリさせる活動。それらを市に移管したい」っていうのに苦労していることからも強く思うんですけど。

 別にアマチュアの人たちが熱意の発露として制作した個々の楽曲にそうした困難があるとも思っていませんが、将来的に権利のことがもっときちんと扱われるようになるとヤバいことになりそうだって予感もゼロではございません。

 幸いにしてこの10年くらいの活動でかなりの調査はできました。世の中にある80年代産シンセポップだったりニューウェイヴのまぁ半分くらいは聞けたんじゃないでしょうか。根拠のない憶測ですが。

 今の時点で私的に重要というのが4千件ほどです。感覚としては10曲聴いて1曲か2曲くらいが私にとっての良曲ですので、そうなるとこれまで私が聞いてきたのは数万曲になっているのかもしれません。恐ろしい数ですけど毎日20曲ほどは少ない日でも聞いているのでそれくらいになっていても不思議ではありません。

 私の趣味嗜好に合うシンセポップってかなり限られた方向性ですので、そうした観点から集めてきた「多くの人はあえて聞きたがらないようなこまかい曲」の数としての4千ってかなりがんばった結果じゃないかっていう他人事のような感想もあります。

 いま私の知るところにある楽曲単位から更に調べていくだけでも派生する未知の領域に切り込んでいけそうです。ここはがんばっていきたい。私の命の続く限り。

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 ネットの時代になって簡単に聴けるようになったほぼ素人の情熱だけはあった当時の若者の音楽を聴けるのは、私にとっては“懐古”ではあるのかもしれませんが同時に“未知の領域”でありますのでエキサイティングな体験だと感じています。