「ブログのリスくん」カテゴリーアーカイブ

見るクマ

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 NHK・AMラジオ「ひるのいこい」にて、晴乃チックタックさんの「チック・タック・ゴーゴー」という楽しい歌を聞きました。

 今週の「ひるのいこい」のテーマは「時間」だったようです。
 本日のもう1曲はビル・ネルソンさんの 「無限の1秒」。昨日は、ジャックスの「時計を止めて」がかかりましたね。
 それとおとついでしたか、鈴木賢司さんの「時間は止まらない」。これはなんとも懐かしい作風でした。

 以前にも書いたと思うんですが、私は鈴木賢司さんがやっていたラジオ番組のプレゼント企画に応募して英ハードコア・パンクバンドのブロークン・ボーンズの12インチシングル「ネヴァー・セイ・ダイ」が当たったコトがあります。
 おそらくブロークン・ボーンズの作風は鈴木さんの番組リスナーには合わなかったと思いますので、応募さえすれば当たる確率が高かったんだと思うんですが。
 それと鈴木賢司さん客演のタイニー・パンクス「アイ・ラヴ・ガッチャ・グルーヴ」は個人的に20代前半においてよく聞きました。まだレコードは持っています。

 以下、余談ですけど当時モヒカン刈りだった私は、そんな髪型のまま、東京は市ヶ谷(いちがや)にあったデザイン会社の面接を受けて、いったんは不採用だったんですけど結局アルバイト待遇で働きだしたのでした。
 さすがにモヒカンもきれいに刈りまして丸坊主でデザイン業務についてイチから学びはじめました。1986年の秋だったでしょうか。
 職場のラジオでかかったビースティー・ボーイズを聞いて「これはヤバい!」ってんで早速LPレコードを買ったりしてましたね。

 ネットで調べてみたんですが、まさに30年前の今日、1987年の6月9日にビースティーボーイズの初来日公演があったみたいですね。いやぁ、もうそんなになりますか。まぁ私は見に行ってないんですけど、かなり感じる部分はありますね…。

ズンズン・クマ

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 本日も、すべてラジオ日記です。
 NHKラジオ第1「すっぴん!」にてダイアモンド✡ユカイ氏の生演奏による弾き語りを聴きました。やはり生歌はいいですね。「ジョン」という曲でした。大きいフレーズが印象的な太い曲だったと思います。

 最後の曲は「ダイヤモンドよ永遠に」。作曲家ジョン・バリー氏の曲ですね。この方が作る曲はかなり特徴的な部分があって一聴してソレとわかるものがあるなって気がします。

 8時台後半の作曲家の人生を語るコーナーはブラームス氏。かなり真面目というか堅実な方だったようです。時代的には、もうかなり最近の方ですが、作風としてはベートーベンであったりバッハさんとかに傾倒した(古め?の)ものであったとか。しかしシェーンベルク氏はブラームス氏の曲に触発される部分があり、自作に展開したんだとか。シェーンベルク氏といえば、まぁ12音技法でしょうか。
 このコーナーでリストさんが紹介された際に自分で調べてみて「晩年は調性感が薄いものに取り組んでいた」という記述を目にして感じるものがあったんですが、その理由については「むしろ調性の拡張をめざした結果、調性の薄さにつながった」みたいな解説に触れて非常に納得がいく思いをしました。私は無調だろうが多調だろうが聞いてもよくわからない程度の耳しか持っていませんが、作曲者が何を思って調性の薄さ、あるいは無調に向かったのかを整理すると、全く違って聞こえてくるかもしれない思いました。
 まぁコトホドサヨーに作曲家の人とナリ、その意図などを知ると、音楽の聴き方にも役に立ったりするものだな、と感じる昨今です。

 「歌謡スクランブル – 郷愁の昭和歌謡集」その3も聴きました。

 「アメリカン・ミュージックの系譜」のレクチュア(再放送)も聴きました。
 非常におおざっぱに言ってロックン・ロールの音が止み、職業作家の時代の再訪。いわゆるオールディーズ。フィル・スペクター氏に代表されるスタジオ・ワークの発展。
 フォーク・ミュージックと反体制、ロックと商業主義の軋轢みたいな非常に興味深い論点。
 ガレージ・ロック。サーフ・ロック、ホット・ロッドの流れ。
 はねたリズムから、はねないエイト・ビートに脚光が当たっていくみたいな感じですかね。

 今夜の本放送ではソウル・ミュージック。公民権運動のあたりだというコトです。くるかJB。もしかしたらブラック・パンサーとかへの言及もあるかもよって感じで楽しみですね。まぁ決して明るい話題でもないんですが。

かえるボーイズ

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 以下、すべてラジオ日記です。
 NHKラジオ第1「すっぴん!」。リスナーの方からのリクエストで高田渡さんの歌を聞きました。曲名は忘れてしまいましたが良い歌でした。

 先週にひきつづき、火曜パーソナリティーを務めるユージさんが子供の頃に歌を教えてくださった先生のお話。詳しいトコロが明かされました。
 ベンチプレスをして胸が大きく開くようにするべきだと小学生だったユージさんにも軽いバーベルを上げさせていたというエピソードが紹介されました。
 先生ご自身は胸まわりが1メートルを超えていたそうです。

 まぁ実際、胸からドーンとストレスなく声が出る人がいますけど、聞いていて気持ちがいいですよね。天然でコンプレッサーがかかっているような人っていいますか。ロックにも非常に向いているんですけど。

 全体的におもしろいトーンで進みましたが、先生の音楽に対する愛情とか献身も伝わってきてとても良いお話だと感じました。ちょくちょく本場のイタリアに通っている先生だったのコトでしたので、おそらく日本人が欧米の人たちに伍して戦うにはどうしても基本的な体づくりが必要だと感じていたのかなと思いました。

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 FM放送の方のNHKのラジオ番組も聞きました、昨日に続いて「歌謡スクランブル – 郷愁の昭和歌謡集」その2、です。1960年代から70年代っていう感じだったと思います。もうかなり私にとっては耳なじみのある歌ばかり。
 とくに私は去年「昭和41年の歌謡曲」と題して町の公会堂で歌のギター伴奏をした関係で、この周辺を調べた経験があります。そんなワケで「なつかしい」というよりは「やっぱりよくできてる曲だよなぁ…」って感じに聞きました。
 美川憲一さんの「柳ケ瀬ブルース」なんかはシンプルな、まぁある意味、典型的な曲だっていう印象でしたけど、繰り返し弾いて歌を載せるのを繰り返してみたら、かなり味が感じられてきて驚いたものです。

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 NHKラジオ第2の「ニワトリはいつからニワにいたか」のレクチュア(再放送)も聞きました。

 前回までで「日本の人たちがニワトリに持っていたマジカルなイメージが転換したのはだいたい江戸時代」というコトがわかりました。私の疑問もひとまずは解けましたので、今日は割と気楽に聴いていたんですが、むしろ今までで一番興味深い内容でした。

 沖縄のニワトリの話題だったのですが、「琉球の古典音楽の歌い回しと、沖縄にいる「チャーン」という品種のニワトリの鳴き声が相似している」という内容でした。

 音楽の発展、あるいは発生に特定の動物が深く関与した例。と言えるかと思います。なんでも琉球王国時代には、闘鶏のあとに琉球古典音楽の演奏、踊りなどが行われていて、セットみたいな感じだったというコトですので、ニワトリのエモーショナルな鳴き声を大胆に取り込んだ音楽の発生というのは十分あり得る話かと納得しました。
 むろん厳密な正解を特定するのは今となってはとても難しいでしょうけど、私にとってインパクトの大きいお話でした。