屈辱の印章製作依頼体験・その2「完結と旅立ち」

 上のイラストのご説明から参りましょう。

 お店の中の風景です。

 右側でガクゼンとしている紫色のタヌキが18歳コロの私です。

 奥の青いタヌキさんは私の友達で付き添ってきてくれたお友達のゴッピーくんです。

 で、左側のピンク色のタヌキさんね。もうわかってるかもしれませんけど、ハンコ屋さんのご主人です。

 記憶としてはまるで残っておりませんので、私が好きなように創作しちゃいました。ご主人の容貌であるとか雰囲気ね。おトシがいってるザ・職人さん。っていう感じ。それはもうむせかえるほどにプンプンしてくる方でした。

 でね。

 動機から参りますけど、私の名前はご存知かもしれませんがけっこう変わってるんですよ。「ひじくろ」ね。漢字だと「肬黒」と表記します。

 コマるのは印鑑ね。既製品だと売ってません。そりゃそうだ。

 じゃ作ってもらおう。というワケで前回の当ブログでご紹介した、小さくて古い感じのお店に頼みに行ったんですよね。

 お店の選定については、なぜソコに行ったんだか…みたいな部分含めて全然覚えていません。

 しかしわりとウキウキして勇んで行ったんです。うれしいなっていうね。

 うすうす気づいている方がいるかわかりませんけど私は普段の精神状態が「楽しいな」っていうあり方です。トクな性質かなって思いますけど究極的にはこういうことって自分でどうこう言うのは違うかもしれません。

 ガラッとトビラを開けましてですね。

 「すみません作ってください」と申し出たのです。

 「あなたの苗字を教えてください」

 「肬黒(ひじくろ)です」

 するとそんなに大きくはない使い込んだ辞書を取り出してきまして、ページをめくって示すんですね。「こういう字ですか?」「違うんです」「こうです(サラサラと紙に書いて見せる)」

 すると「載ってないなぁ」とおっしゃるんですね。ハンコ職人のご主人ね。

 で、次が驚くんですけど「辞書に載ってない字は掘れない」っていうんですね。

 コレがもうビタ一文ゆずれないっていう態度なんですよ。書きました通り「職人だな」っていう雰囲気も含めて説得力っていうかテコでも動かないって感じがもう満々。

 私はまだ全然若かったこともあって次の手が思い浮かばないっていうか、むしろまだ「どうやらオレは拒否された」っていう事実自体がアタマに入ってこなくてですね。頭蓋骨の内側と脳の間のスキマでカチンコチンと音を立てて鳴っている感じですね。

 しかしどうにもならないんで帰ってきました。お店の中での滞在時間は5分ほど、絶対に10分はないだろうな、といったところでした。

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 今の私であったら「すみません。“読み”としては「ひじくろ」なんですが、“表記”としては「肬」の字を使っています。と説明します。

 この字である「肬」ってホントは「いぼ」って読むんですよね。肌の上であるとか内臓の内部なんかにもできたりするみたいですけど突起状のアレね。

 ちゃんとそのように説明できたなら、違う結果もあったのかもしれません。

 しかしねぇ。思うんですけど。こと人名に関する限りは「そうは読まない文字を(あえて)姓名として使ってる」みたいな事例はチラホラあるんじゃないかと。

 であるとしたらあのご主人。そういう時も断ってたのかなっていうのが、40年近くかかえている私の疑問です。

 マともあれ以上が、私の「ハンコを作ってもらいに行ったけど作ってもらえなかった」というエピソードの全貌でありました。読んでいただき感謝です。

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 モヤモヤしてる方がいらっしゃるかもしれません。

 そもそもナゼ「いぼ」って字を「ひじ」って読ませるムリのある運用をしてるんだという疑問ですね。わかります。私だってけっこう迷惑してるんですけど戸籍の表記がこうなんで使わざるをえないというのが真相です。

 他の家族なんかは普段は「肱」の字を使ってたりします。こちらはちゃんと「ひじ」って読む漢字です。それに「肬」の字にも見た目としては近い。さあ、どうなんだ。

 話は江戸時代とかにさかのぼるみたいなんですよね。聞いた話です。平たく話しますけど武士のおウチだったみたいなんですよ。それで次男以降はおウチを継げないと。苗字も無くなってその当時の普通の人たちと同様にファーストネームだけになっちゃうとね。それじゃイヤだって思ったのかわからないんですけど、苗字をですね。お金を出して買いに行くぞという旅に出るんですね。このへんのイキサツが「ホントなのか!?」ってビックリするところなんですけど、私も自分の一族の事情でありながらウラは取っていません。

 この話題になると「うち(本家のコト)は地元じゃけっこうイイ家だった」みたいなどうでもいい自慢が始まってそれを聞くのが非常に苦痛なんですね。生まれにこだわってイイコトなんか無いっていうのが基本的なスタンスっていうか、自分で磨いた技術とかでヒトは認められるべきっていうのがありますので。

 でね。苗字を売ってもイイよっていうおウチがあったみたいなんですよね。

 話しぶりによりますと、たまたま行き当たったとかそんなニュアンスですよ。なんの見当もなく旅に出たんですね。その辺は私の祖先だなっていう気がしますけどね。

 おそらくですけどこの売ってくれた人の苗字はちゃんとした「肱黒(ひじくろ)」であったのではないかと思います。

 場所的には出水市(いずみし)っていう海沿いの自治体なんですけど、トリのツルが飛来するところですけど、なんでも果物だったか野菜だったかを売ってる商店。そこから買ってきたと。

 道のりとしては、伊佐市(いさし)っていう鹿児島の北部にある山奥から西にバンバン下って行くと出水市なんですけど、どうでしょう。けっこう離れているので土地的なしがらみもなさそうです。苗字を売り買いするっていう点から見てね。想像ですけど。

 こんな変わった苗字を名乗る人たちって言ったら親戚かもしれない。がしかしあの人らはうちが売った苗字を名乗っているに過ぎないんだという、世代が変わるくらい時間が経過した後から見るとですね、誤解を招きそうなやりとりです。今でも「ひじくろ」っていう姓を名乗るヒトはそんなにいませんけど、精査していくと元からの血縁ではない人たちが分布している。すなわちそれは私の親戚たちであろうっていう構成ですね。

 私の考えではこの「苗字の売り買い」のタイミングとかで漢字の表記のわずかな違いに誤解が生じたんでは無いかと思うんですよね。「肱」と「肬」。

 昔は誰もが辞書を持って参照できたって時代でもないですし、ましてや私の祖先にしてみても元から名乗っていた苗字じゃないワケですから原典みたいな確証に乏しい状況ですよね。

 ちょっとニョロンってしていて、点がついてる方が見栄えがイイじゃないかとか。そういう線も非常にありえます。エラく見られたいっていう傾向がけっこう私の一族のマインドには見え隠れしてるフシがあるんですよね。私はあまり好きじゃないんですけど。ていうかスゴくイヤなんですけど。

 長く語ってしまいましたが、以上のような事情ですよね。実際はどうだったのか私にはわかりませんけど、ニョロンってさせちゃったおかげで。ソレを戸籍に記載しちゃったおかげで。子孫の私などが苦労することもあるよという。

 もうちょっとポピュラーなですね。多く存在する人の苗字を売ってもらっておけば後々、便利だったのになって思いますね。あんまりイイコトないです。「ひじくろ」っていう苗字はね。しかも誤用な雰囲気が濃厚という後ろめたさもありますからね。コマったものです。