セキセイインコ帝国〔09〕

 休んでいるインコさんのイラストです。

 ───────────────

 以下はラジオ日記です。

 NHKラジオ第1「らじるラボ」より。

 らじるラボが今春にて終了するらしいと知りました。ビックリ。

 しかし曜日ごとのパーソナリティーの方たちはそのままなんだとか。

 アナウンサーの吾妻謙さんは「ごごカフェ・金曜日」に異動。

 新年度はふたりのアナウンサーが交互に担当するという形式であるそうです。ありゃまぁ。

 思えば「ラボ」の名の通り、いろんな実験的な企画がありました。私は古いラジオ番組の素材における、それぞれの地方の風俗、わらべうたが知れたのが良かったです。

 ───────────────

 木曜日のパーソナリティーである俳優の六角精児さんの近況としては1万円札を落とされたそうです。パチンコ屋さんの店内にて。

 私のパチンコ周辺の経験としては、まだ西新宿に住んでいた時分ですが西口のヨドバシ・フィルム館の脇の細い道だったと思いますけど、かなり昔のことになりますがパチンコの換金所があったんじゃないかと思います。そこからヒョイっと出てきたんだと思いますが、前を歩いている人がお尻のポケットに手を入れようとした時だったか、手を出した時だったかにピラァ~っと一万円札がハラハラ落ちてきて「落としましたよ」と拾ってさしあげたことがあります。無言で受け取って礼も言われずその人は歩き去りました。まぁパチンコにうつつを抜かすようなヤカラは全員こんなものなんだと私は思いました。それだけです。

 ───────────────

 落語家の春風亭昇太さんがゲストでした。

 六角精児さんと非常に仲が良いらしいと初めて知りました。

 以前にネットの動画サイトで六角バンドに春風亭さんが加わってニック・ロウ氏の「クルェル・トゥビ・カインド」を楽しそうに演奏しているのを見かけたことがあったんですが、それよりもさらに深く関わりがあったことを今回はじめて知りました。

 番組が進むにつれて、その活動であったりが詳しく話されまして興味津々。

 たとえばグループサウンズ的なバンドを仕立てての音楽活動。そしてまた舞台におけるお芝居にまでグループサウンズ的な世界を発展させたと知ってすごいなと思いました。

 ───────────────

 番組内で流れた曲としては、こちらも興味深いものが多かったです。

 オックスのライブ演奏を聞きました。楽曲「ガール・フレンド」。1969年。キーボードに赤松さんがいた頃の演奏であるようです。このコンボオルガンの音色(ねいろ)がたまりません。お客さんが一緒に歌っておりまして、その歌声の分厚さにビックリしました。春風亭さんのご選曲でした。

 ───────────────

 セルスターズの「ハチのムサシは死んだのさ」を聞きました。六角さんの選曲。

 歌詞の内容についての話で議論白熱。

 春風亭さんはこの歌を中学生の頃に聞いたそうですがやはり「ハチのムサシって誰?」と疑問に感じたということです。

 私もそう思っていたんですけど、当時、中学生の方が、それも後々大学に入学されるくらいの頭の良い方がピンとこなかったと聞いて興味深かったです。

 この曲の流行した頃というのは1年違いにはなりますが「ジョニィへの伝言」であったりそしてまた「五番街のマリーへ」であったり、私に取っても大きな音楽的体験のあった時期でした。そしてまた私もやっぱり「ハチのムサシってどちらさま?」って思っていました。

 六角さんは「当時の政治的、社会的な世相雰囲気も反映していた」説を紹介しておられました。このへんの説はこの歌を取り上げる際にはひとこと言っておいたほうが良いポピュラーな考察だと思います。

 ───────────────

 緑川アコさんの「酔いどれ女の流れ歌」も聞きました。

 曲を聴いているうちに私は加藤登紀子さんの「ひとり寝の子守唄」を思い出しました。「なぜ、便所のねずみ」が唐突に歌詞に現れるのかと子供の頃に不思議だった歌です。思うに寝る場所とおトイレの仕切りがない場所の歌なのかも。藤本敏夫さん的な。こちらも当時の政治的、社会的な雰囲気を伝える曲のひとつかなって思うんですが。

 加藤登紀子さんについて語ってしまいましたが、私にとっての緑川アコさんといえば「カスバの女」。ですけどそれはまた別の話。

 ───────────────

 単に番組を聴いた感想だけを列挙したものになってしまいましたが、以上です。