ムシ帝国〔23〕

 先週のラジオ番組「クラシックの迷宮」ウクライナの作曲家であるヴァレンティン・シルヴェストロフさんの特集を聞き返しています。

 歌曲「静かな歌」の第1曲「詩歌は病みおとろえた心を癒す」で用いたモチーフを引き伸ばしたという交響曲第5番を聞いています。1982年に完成した曲なんですね。うんそうなのかって思いました。マーラーさんの交響曲第5番アダージョ的なというご紹介でしたが確かにその通りです。私の知識ではマーラーさん作のアダージョってふたつあると思うんですがどちらも好きです。

 最初は映画「ヴェニスに死す」で知りました。フィルムの粒子がとても粗い感じの画面だったと思います茫洋とした死の淵、瀬戸際っていう場面ですね。絶世の美少年が空を指さすとかなんかそんな感じだったと思いますけど。そうした情景にとても合っていたのだと思います。

 粒子の粗い感じ、グゥ~っと引き伸ばされたかのような。そういう質感は私はとても好きで、おなじく映画になりますけど「ミツバチのささやき」ですね。全体的にそうした粗い画像っていう感じはあると思うんですけど私が一番好きなのは具体的な動きがある場面というよりは主人公の少女の足だけ写っていてあとは荒野を写した風景です。この映画は着ぶくれした子供が冬場のスズメみたいでコロコロとしていてとても愛くるしいんですけど、背景にはスペイン内戦が横たわっていて割合と暗い影の存在というのはあります。逃亡兵でしたかね。そういう逃げてきた兵隊さんが隠れ住む小屋。そこに主人公の少女が「あの人ってフランケンシュタイン(の怪物)じゃないかしら」みたいな思い込みというか子供に特有の虚実が違和感なく同居する心象に突き動かされるけっこう危険な行動なんですけど、映像としては非常に静かというかリリカルというか。

 まそんなワケでゆっくりゆったりとした音楽を聴く人の胸に去来するものたちの色々って感じでしょうか。

 シルヴェストロフさんの曲に戻しますが引用した通り歌曲のフレーズを繰り返しているというはずなんですが、けっこう長いフレーズであるせいか、さほど繰り返している感じもなく、しかし巡ってきている感じはあるという絶妙な感じなんでしょうか。最初に聞いた時の先週の私の感想の通り最後まで集中力が途切れることもなく聴きとおせます。不思議だなって思います。もう一度聞いてみようと思います。

 けっこういろんな局面が折り重なってできていることがわかりました。明るい光が差したり、一転して緊張感が満ちてきたり、美しく引き伸ばされた長音があったりとよく設計された曲なんだなと感じました。ていうか特にこの第5番は傑作だと評価されているようで、そりゃそうだと思いました。納得です。良い音楽を紹介してもらえたものだと感謝です。